思い出せないと思い出す


この景色を見ることはたぶんもうないんだろうなと彼らと会うたびに考える。この人数がこうやって集まって、笑って、うっすら衝突して、それもなかったみたいな冗談を言って。


いわゆる卒業旅行としてある地方都市を訪れた。大学の同期十人はもうこの四年ずっと付かず離れずの距離を保ち続けてきた相手で、でも、きっとこれから先ずっと付き合っていける人たちではない。いつか彼らはわたしを捨てるだろうし、わたしの方もいつか彼らを焼いてしまう。彼らのうちのひとりの進路はどうなのって思ってしまうもので、いやそんなこと言う資格はわたしにはないんだけれど、誰にもないんだけれど、でもそういう人と決別することでわたしはわたしを保って生きてきた。今回の旅行でもそこに関する認識の齟齬で車内にしばしの沈黙が流れたりした。大学四年にもなると、どうしたって将来の話が俎上に乗る。わたしと同じ方面に進むであろう友人もいるけれど、半数以上はわたしがきっと関わらないだろう職種に就くし、彼らのうちのいくらかはいまの交際相手との結婚も視野にいれていると言う。結婚という制度を積極的に肯定したくないとか、そんなことは言わなかった。

わたしたちは一緒にいて一番楽しい相手ではないとお互いに思っていて、めんどくせえなとか、なんでこんなやり方するんだろうなとか、お互いに思っている。お互いにわかりあえないことをわかっている。


海沿いの道を自転車で走っているとき、みんなが乗っているマウンテンバイクをママチャリで追いかけていたとき、ああもうわたしは一生こんな体験はしないだろうなと思った。そしてだからきっとこのときを思い出すんだろうなと。何を話したかも、何をしたのか、もしかしたら誰がいたかすら思い出せないかもしれない。でも、思い出せないということを思い出す。


2019.11.13