借りっぱなしのしあわせ

借りっぱなしのしあわせ


小さい頃、誘拐される夢をよくみた。

そういう時、私はいつも非力で、どうしようもない絶望を味わうのだけれど、最後には、いつもヒーローが助けにきた。そのヒーローは日によってかわって、好きな男の子だったり、親友だったり、テレビドラマの主人公だったりした。けれど、それが誰なのかは大した問題ではなかった。

私にとって大切だったのは、ヒーローが、私を愛してることだけだった。


小さい頃、入院する夢をよくみた。

白い病院のベッドに横たわって、何もない部屋の窓の外を眺める、自分を脳裏に描いた。

その私はいつも泣きそうで、頼りなかった。

寂しく、不安な私のもとに、ある日、誰かがやってくる。

その誰かは、となりの病室の男の子だったり、クラスメイトだったり、小説の住人だったりした。

けれど、私にとって大切だったのは、それが誰だったかではなくて、その誰かが私を庇護欲を孕んだ目で見つめることだった。


小さい頃、無人島においてけぼりにされる夢をよくみた。

その時、私は必ず一人でなくて、友人や、クラスの人気者や、少女漫画の男の子が私の手を握っていた。

私は彼らの手を強く握ることで安心したり、絶望に打ちひしがれたときに肩を叩く手のやさしさに恋をしたりした。

けれど、私が最も欲しかったのは、特異な状況に置かれた可哀想な私だった。


そんなことに気がついたのは、それから両手の指ほど春を重ねた、16のときだった。

ふと思い出した痛々しい日々の欠片は、あの頃より膨らんだ胸の柔らかい部位を刺した。

夢見がちな少女が踊るように手を伸ばした桜の枝には、とうに手が届くようになっている。幾夜も誘拐された暗闇はもはや、電灯が増設されて終日昼間のようだ。

自分の足で行きたいところに行けるようになり、電車を乗り継げば、何千キロも進めるということを知ってしまった。

学校帰りに空を見上げても、魔女はおりたたない。授業をサボって屋上で昼寝することも、急な転校生が愛を囁くこともない。


今は、あの頃の私が恥ずかしい。でも、なんだか羨ましい。

きっとそれは、私が色んなことを知ったつもりで、まだ何も知らないからだと思った。


近頃、わたしは、夢をみない。

きっとそれは、私の毎日が、あの頃ほどしあわせではないからだと思った。

あの頃のわたしは、世界で一番、しあわせだった。


かなしい人になって、いつか夢をみたことすら忘れる日が、くる。

きっとそれは、わたしが誰かにしあわせをあげる日だ。

だからきっと、わたしがかなしい人になるのは、悲しいことじゃなくて、当然のことなんだろうと思った。

借りっぱなしのしあわせは、いつか返さなきゃならないので。



2018.5.30