モスバーガー

3ヶ月くらい前に始めた個人経営の塾のバイトで、たまに食べ物を恵まれることがある。基本的に食事代とかいって余分に給料をもらっているし、実家に帰ればいくらでも食べ物はあるのだけれど、彼らはわたしに食べ物を恵む。駅の少し手前の暗がりで、わたしはモスバーガーを食べた。口が汚れて、暗いからうまく食べられなかった。


具体的に死にたいかどうかは別として、<死にたい>としか形容できない感情がある。もう死にたい。なかったことにしたい。ぜんぶ無理だ。苦しい。そんな感じの感情に不思議な方程式が加わって、たぶん、わたしは<死にたい>と言っている。言ってはいないか。最近ひとに<死にたい>と言うのは控えている。たぶん。けれど、わたしはそのぶん、口の中でそのセリフを繰り返している。死にたい、死にたい、死んでしまえ。


わたしはなんでこんななんだろうな。なんで世界はこんななんだろうな。もっとましな選択肢なんていくらでもあったのに、いちばん選んではならない選択肢を選び続けて生きてきた気がする。


頭がいたい。きっとこんな感情は気圧のせいだけれど、気圧のせいでわたしの本性がつまびらかにされているだけだ。ふだんいまよりは平気なことがむしろ不思議だ。


どこか遠くに行きたい。

おととしのわたしはそれを繰り返して群馬まで行く電車でああこのまま降りたくないと思いながらいつも東京駅で下車していた。わたしはきっとこれからも東京駅で下車する。


<死にたい>。またその言葉を繰り返す。


2019.10.3