最近悲しかったこと

来年大学を卒業する。こうやってそれなりに研究にも真摯に取り組み、学ぶことに向き合い続けてきたわたしが、16年間という(一般的に)長くはない時間で学生生活を終えるのはなんだかおかしい気がする。

院進、浪人、留年、わたしが選ばなかった世界はすべて学生生活を延長するためのもので、それをしないで「ストレート」の人生を送ってきたことに何の疑問もなかった。むしろ誇りに思っていたくらいだった。


3年前、わたしは東京大学を受験しなかった。それがわたしが勉強が好きではなかった証拠だといまは思う。


わたしは中高6年間のすべての時間の半分以上を勉学に費やした。他人と比較しても勉強時間は長かったと思うし、偏差値もそれなりの値だった。これは自慢だが、河合の全統模試で77、76、75(数英国)あたりだった。「ふざけて」記入した東大文三の判定はB。志望校としては現実的だったとおもう。

でもわたしは他の大学を第一志望とした。いろいろに理由をつけたが、わたしは浪人したくなかった。それが一番大きな理由で疑いもしなかった。


わたしは浪人してまで勉強したくなかった。

結局それがいまのわたしにとっては十分な事実だ。


院進しなかったのも、東大を受けなかったのも、難易度の高い講義を避けたことも、すべてわたしが「あまり勉強が好きではなかった」ということを示しているとおもう。わたしのなかの規範性の方が勉学への愛に優っていた。


「あまり好きではなかった」勉強に真摯に向き合い続けた16年間を惜しみつつ、わたしはきっと次の春を迎える。それがなんだか悲しくなった。



2019.4.3