女が全員亡命した国

修文55年。天皇崩御した。


といってもそれは日本においても世界においてもそれほど大きなニュースにはならなかった。というのも、日本国民が固有の情報媒体を持たなくなってもう10年近く経つし、何より現在進行形で我が祖国日本では大事件が起き続けているからだ。平均年齢はとうとう60歳を超え、20歳以下の人間にもはや日本人と日本人の子どもは1人もない。外国から低い家賃とかつての栄光を求めてやってきた移住者とその家族が生んだ子どもがわずかに生存しているが、それも年々減少していく。そうあってはかつての産業のほとんどは衰退し、多くの街がスラムと化していた。なかでも、東京23区の廃れようはすさまじく、もはやひとの住める環境ではない。


なぜこうなってしまったのだろう。修文元年生まれのEは遠くの山際に目を向けた。

Eが生まれたころの日本はよかった。活気にあふれた日本は、戦後を超えて新たな経済大国になれると、誰もが信じて疑わなかった。E自身も、幼いころ夢見たように、不動産業でそれなりに功績をあげ、ある時期までは出世コースというものを突き進んでいたはずなのだ。少子高齢化の進んだ日本で、不動産業が傾き始めたのが修文40年ごろだっただろうか。10年ほど前にEは会社を「希望退職」し、5年ほど前に雨風をしのげるこのバラックに移り住んだ。


なにもかも女が悪い。Eだけでなく、多くの日本国民はそれを知っている。

かつて日本という国には、男の代わりに家事労働を引き受け、子を成す女がいた。女は男に比べて合理性を欠き、よくわからないことで憤怒するため仕事には向かなかったが、家事労働をこなすことには向いていた。Eも大人になったら女を養うつもりだった。そしてひとりでは生けていけぬ弱く惨めな女はEら男たちをとりあう、というのが数十年前までの常識だった。

しかし、修文30年ごろ、ウィメンニズムというものが突如日本に生まれた。女は男と同等の生物であり、男と同等の待遇を受けるべきだと主張すふ女たちが街を闊歩するようになったのである。昭和時代に男女雇用機会均等法というものが生まれ、女も働くことが認められたのは、決して女が男と同等に有能だからではなく、男から女への情けがけである。男に別れられた哀れな女がひとりでなんとか生きていけるように、その他の社会が女の生活を担保しようと生まれた法律だ(もっとも、Eは昭和時代を生きておらず、学校の授業もあまり聞かないタイプだったため修文25年ごろ新書でそれを学んだ)。

にも関わらず、ウィメンニズムは男女雇用機会均等法の先を要求した。女たちは男からの性的要求を断るようになり、男に家事労働を負担することを求めるようになり、ヒールのある靴を脱いで革靴を着用するようになった。到底許された行為ではなく、男たちはそれに反抗した。さいわい、それまでに男たちが積み上げた功績ゆえ、各企業の要職や省庁官僚、政治家など権力者は男の手を離れていなかった。そのため、女の起こす訴えをすべて裁判所で却下し、最終的には女を制御するために1.性行為、2.身体的制裁、をすべての男に認めた。修文31年3月のことである。

その頃にはもう大企業で腕を鳴らしていたEは、時代の流れにワクワクしたものだった。腹の立つ女上司や、性行為を拒んだ同期に対して行う、すべての行為が認められるようになった。楽園がそこにはあった。Eは同期の女が泣きながらEのペニスを咥える光景をまざまざと目の裏に記憶している。

しかしその楽園は長くは続かなかった。その法律が施行されると、各国が日本に対して制裁を科すようになり、挙句あるウィメンニズミストがオランダに逃げだしたことを発端に、国連加盟国の多くが亡命者受入を表明した。亡命者とは何事だ、内政干渉だ、と世論は盛り上がったが、止める暇もなく女は我らが日本を逃げ出した。いくらかの女は捕らえることに成功したが、懲役中にほとんどが自殺した。

そうして、女は日本からひとりもいなくなった。

男が庇護しなくなった女どもが生きていけるはずがなく、おおよそ他国で死に絶えているのだろう。そんなことはどうだっていい。

自己中心的で、ヒステリック、先のことを考えられない女の性質によって、Eを含む多くの日本国民は迷惑を被っている。何もかも無知で頭の悪い女たちと、それを扇動したウィメンニズムが悪い。


Eはそんなことを考えながら昨晩の雨でダメになった革靴の代わりを探していた。店というものはもうほとんど存在しないので、以前の問屋のあたりや死体の集まる地域を練り歩いて使い捨てられた革靴を見つけようとする。しかし、そのような生活をはじめて早10年。ほとんどこの辺りのものは取り尽くしてしまったようだ。

ふと、河原に比較的小綺麗な革靴が落ちているのが見えた。Eは歓喜を胸に駆け寄り、それを拾い上げーー捨てた。そのサイズは25.5と、Eが履くことができるものではあった。しかし、靴底に「GAR*TO for wo*en」と消えかかった字が見えた。かつてのウィメンニズムの遺産だ。女が履いた革靴だった。


Eは女とは違う。崇高な日本国民であり、人間であり、男である。


すべて女が悪いのだ。いまおれに履き物がないのも、昨日の夕飯が河原のつくしだったのも、10年前仕事を奪われたのも、すべて。おれの世界を汚した奪った壊した女たちに制裁を与えてほしい。


嫌悪感から吐き気を催しながらも、Eはその革靴を川に投げ捨てた。しばらく浮いていたそれは、流されてすぐに見えなくなる。Eはそれを無感動に見届けて、次の目的地に向かった。


2019.3.31